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大阪地方裁判所 昭和42年(行ウ)117号 判決 1972年7月31日

原告

山田雄三

右訴訟代理人

荒木宏

杉山彬

田中征史

被告

羽曳野市公平委員会

右代表者

藤田忠男

右訴訟代理人

杉谷義文

主文

一  被告が原告に対してなした昭和四二年審査第一号事件の審査請求を却下した判定を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

(原告)

主文同旨の判決。

(被告)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二  原告の主張

(請求原因)

一  原告は、昭和三五年四月二五日羽曳野市の正式職員に任用され、昭和四二年六月初旬当時税務課に勤務し、羽曳野市職員労働組合(以下、組合という)の書記長をしていた。原告は、昭和四二年六月一六日羽曳野市長金井一成より税務課から市民課へ配置換え(以下、本件配転処分という)を命ぜられた。

二  原告は、同年七月三日本件配転処分が地方公務員法(以下、地公法という)第五六条に違反する不利益取扱であり、右組合の弾圧を目的としたものとして、被告に対し本件配転処分の取消を求める審査請求をしたが、被告は右審査請求に対し同年一〇月一六日付で左記の理由により却下の判定(以下本件裁決という)をなし、右判定書は同月二五日原告に送達された。

「請求者の不服の理由は次のとおりである。

一  請求者は、羽曳野市職員労働組合書記長であるところ、昭和四二年六月一六日、羽曳野市税務課から同市市民課に配置がえを命ぜられた。右は羽曳野市職員労働組合に対する弾圧を目的としたものであるから右処分の取消を求めるというものである。

二  しかしながら、不利益処分に関する不服申立ては、地方公務員法第四九条の二第二項の規定により同法第四九条第一項に規定する処分に限られているところ、請求者に対する右配置がえは一般に任命権者の裁量にゆだねられる事項であるから、同法にいう不利益処分としての審査の対象にはならない。

よつて、羽曳野市公平委員会規則第四号第五条第一項により前記のとおり判定した」

三  本件裁決には次のとおり裁決固有の違法があるから取り消さるべきである。

1 被告は、本件配転処分が任命権者の裁量にゆだねられる事項であるから、地公法第四九条第一項の不利益処分としての審査の対象にはならないとの法律解釈の下に本件審査請求を却下しているが、右法律解釈は全く誤りである。

配置転換は労働者の職務の内容、勤務場所、労働関係上の地位、賃金その他の労働条件を変動させるばかりか、労働者の団結権活動の場の変更をも伴うことが多いから、単に労働者の労働関係上の利益のみならず労働者の組合活動上の利益にも重大な影響を及ぼすものであつて、配置転換のもたらす不利益の態様は極めて広範多岐にわたるのである。したがつて、配置転換が不当労働行為に該る不利益取扱であるか否かの判断をなすに当つては、不当労働行為の制度が労働者の団結権活動の保護を目的とするものである以上、団結権を行使している労働者の立場に立つて当該配置転換が当該労働者に、どのような受取り方をされる条件の下でなされたかを具体的に検討して当該労働者の団結権活動に対して及ぼす客観的効果を探究することが必要であろう。

地公法第五六条は、地方公務員労働者の団結権を保護するために不当労働行為意思をもつてする不利益取扱を禁止し、これに違反した処分を違法とする趣旨であることは法文上明らかであるから、本件配転処分が地公法第五六条に違反する不利益取扱であるとしてなされた本件審査請求について、被告公平委員会としては前記の観点から右請求が形式的要件に欠けるところがなければ実体審理をしなければならないのである。

また、被告は配置転換が任命権者の裁量にまかされているから地公法第四九条第一項の不利益処分に該当しないというが、行政不服審査に関する一般法の行政不服審査法第一条第一項は違法の処分のみならず不当な処分についても審査の対象になりうる旨定めているのであるから、裁量行為が行政不服審査の対象になり得ないとする被告の見解は明らかに誤りというべきである。

2 被告は、羽曳野市公平委員会規則第四号「不利益処分についての不服申立に関する規則」第五条第一項により本件審査請求を却下したが、同規則第五条は却下の理由を補正命令違反の場合に限定しているから、理由中に何ら補正命令違反の事実を摘示することなく審査請求を却下した本件裁決は右規則の解釈適用を誤つたものである。

仮りに、被告が原告に対し審査請求書の「不服の事由」の記載が不充分であるとして補正を命じたのに原告がこれに従わなかつたということが却下の理由であるとしても、右を理由とする却下は違法である。

前記規則は審査請求の理由につき、第四条第二項第六号で「処分に対する不服の事由」と定めるのみでそれ以上「理由」の記載程度などにつき規制していないが、その趣旨は不服申立の手続自体を平易簡便なものとする精神に基づくものと考えられるのである。(行政不服審査法第一条第一項が「公権力の行使に当たる行為に関し、国民に対し広く行政庁に対する不服申立てのみちを聞く」とその目的を示していることから考えても、「理由」の記載程度方法を厳格化して解釈することは法の根本精神に背馳することとなろう。)

したがつて、審査請求書の「不服の理由」の記載程度は素人でも容易に書ける程度のもの、如何なる点が不服であるかが判る程度の記載で足りるものと解されるのである。

原告の提出した本件審査請求書の「処分の内容」、「不服の事由」の各記載および昭和四二年七月二一日の「不服事由の説明要請に対して」と題する書面の記載は被告主張(後記本案の主張二1および二3)のとおりであるが、右両書面によつて如何なる点につき不服であるかが判るのであるから本件審査請求に不備はない。

また、原告は昭和四二年九月一八日被告の委員長、委員と面談し、口頭で本件配転処分により受ける不利益の具体的内容として左記の三点を挙げた。

(一) 配転に伴い、本俸の二割の特殊勤務手当がなくなること

(二) 市民課の窓口で忙しく書記長の職責が充分果せないこと

(三) 事前協議を経ずになされたこと

右のとおり、原告は補正は口頭でもよいとする被告の要請により不利益の具体的内容を指摘しているのであるから、被告の求める意味での補正もなされているのである。

3 被告の杉谷委員は前記九月一八日の面談の席上、原告の前記説明に対して「よく判りました、相談します」と述べていたのに、被告が全く一方的に本件審査請求を却下したのは信義則に違反するものである。

4 本件配転処分が裁量行為であるとしても、裁量権の逸脱の有無の審査が必要であるのに、被告が理由中でこの点につきなんら触れることなく却下したのは理由不備である。裁量行為ということは違法性の有無に関係するか、処分の不利益性には関係がないのである。

また、本件裁決の理由は、要するに本件配転処分が不利益処分に該当しないとしながら、結論としては補正命令違反を却下の理由としているようであつて、理由相互に矛盾があるか、少くとも理由不備というべきであり、また理由と判定との間にそごがある。

5 原告は被告に対し審査請求の審理方式につき公開口頭審理の申立をしていたから、被告は地公法第五〇条第一項により口頭審理を公開して行なわねばならなかつたのに、被告は公開の口頭審理をしないで審査請求を却下したのは地公法第五〇条第一項に違反する。

四  本件配転処分は不利益処分である。

1 原告個人として不利益である。

(一) 実質面で次の不利益を受けている。

(1) 原告は特殊勤務手当の支給を受けられなくなつた。

(2) 市民課の窓口事務を担当させられ、団体交渉にも参加できなくなつた。

(二) 手続面で次の不利益を受けている。

組合役員の配転については事前協議が必要である。しかるに、本件配転処分は事前協議なくして抜打的に行なわれ、原告は勤務と組合活動との調整等に心労し心理的不利益を受けた。

2 原告は組合書記長として不利益をうけた。

(一) 組合は昭和三二年に結成され、当初は管理職を中心とした労使協調的傾向があつたが、昭和三四年一二月の役員改選に際し、管理職を排除して活動家を役員に選出してから積極的に活動を進め、昭和三五年二月自治労大阪府衛生都市連合職員労働組合(当時、自治労大阪府衛生都市連合会)に加盟し、さらに闘いを発展させ、昭和三六年八月ガス労働者の特殊勤務手当を獲得する等活発な活動を展開した。

(二) 金井市長は昭和三九年九月の選挙で当選したが、同年一〇月一六日の初登庁、同年一二月二八日の御用納め、翌昭和四〇年一月四日の御用始めに際し、第一声として綱紀粛正を強調した。

従来、組合活動は比較的活発に行なわれ、時間中の職場交渉、職場委員会、職場集会等は労使の慣行として職場の既得権になつていた。しかるに、金井市長は就任以来組合と事前の相談もしないで一方的に組合活動を規制する措置として「名札の着用」、「タイムレコーダーの設置」、「勤務評定」などを実施する旨申渡した。組合は直ちに反撃し、昭和四〇年一月一八日金井市長との間で、「労働者及び労働組合の基本的権利を守る」ことを前提に「タイムレコーダー実施にともなう取扱方法の白紙撤回」、「労働条件、労働慣行の改定に関する事前協議制の確立」などを協定したが、金井市長はその後右協定を尊重する態度を示さず、昭和四一年一二月には庁舎管理規則を発表して庁舎内での組合のニュース配布、掲示、集会、会議など従来への慣行を規制しようとした。

(三) 金井市長は組合誹謗の発言をして反組合的態度を示し、右発言は市議会でも問題となり組合の上部団体の衛都連の抗議をうけた。

昭和四一年六月、金井市長はガス事業所の身売りに備えてガス労働者の団結を破壊するためガス評議会の中心的活動家の東野幹事長を不当に配転しようとした。また、同市長は右時期にガス労働者とガス事業所管理者との間で締結された「特殊勤務手当の支給に関する労働協約」を無効にする意図で右協約を実施するために必要な「条例改正議案」の議会提出を怠り、組合に損害を与えようと図つた。

(二) 以上のような一連の反組合的態度を背景にしながら、金井市長は着々と「市営ガス事業所の大阪ガスへの身売り」、「ゴミ収集の下請」、「水道料金の値上げ」、「退職勧奨」、「機構改革」、「職員の賃金、諸手当の切り下げ」など、いわゆる「合理化」攻撃を準備して来た。

すなわち、昭和四〇年四月大阪府より浜田総務課長、昭和四二年五月大阪府より田中総務課長を受け入れ、また元労働組合の幹部の経歴をもつ瀬田人事課長を新任し、さらに同年六月茨木市において組合分裂が起つた際の第二組合の幹部であつた山下秘書課主幹を新採用した。これら人事はすべて組合対策のためのものであつた。

(五) 瀬田人事課長は昭和四二年五月着任し、直ちに金井市長と協議のうえ組合弾圧の具体的措置に乗り出し、六月一五日にはこれまでの慣例を破つて夏期一時金の大幅減額回答を行ない、同時に八四名に及ぶ大異動を強行して組合員に動揺を与えた。右異動においては、秘かに組合の幹部活動家を、その職場における影響力を減殺し活動しにくくさせるため一般組合員と隔離する方向で配置換えした。組合書記長の原告に対する市民課窓口事務への本件配転処分も、右の一環として行われたものである。

(六) 以上のとおり、本件配転処分は組合が合理化反対闘争を行なうことを予期して、これを先制的に押える対策としてなされたものであり、特に組合活動の最も活発な職場の税務課における中心的幹部であり、かつ活動家である原告を配転し、拠点職場における労働者の団結を破壊しようとしたものである。

このような組合に対する支配介入としての本件配転処分は、組合の現職書記長である原告にとつて最大の不利益処分である。

(被告の本案前の主張に対する反論)

一  原告が羽曳野市を依願退職していること、原告の被告に対する本件審査請求の趣旨が「羽曳野市長金井一成が原告を税務課から市民課へ配置転換するとの処分を取り消す」旨の判定を求めるものであることは被告主張のとおりであるが、原告が羽曳野市の職員の身分を失つたことから本訴の訴の利益を欠く旨の被告の主張は失当である。

行政事件訴訟法第九条は「処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由により無くなつた後においても、なお処分又は裁決の取消によつて回復すべき法律上の利益を有する者」は訴の利益を有することを明らかにしているところ、原告は本件裁決の取消により回復すべき法律上の利益を有している。すなわち、原告は税務課勤務当時本俸の二割に相当する特殊勤務手当の支給を受けていたところ、市長課への本件配転処分により右手当の支給を受けられなくなつたため、原告は本件配転処分時から依願退職時までの間右手当を失う不利益を受けたのであるが、右手当は労働の対価であつて原告のような賃金労働者にとつて本俸の二割にあたる右手当の有無は毎月の生活に極めて大きな影響をもつ賃金部分であり、前記期間内に失つた右手当を請求する前提として、なお本件裁決の取消を求める本訴の訴の利益があるといわねばならない。(最高裁判所昭和四〇年四月二八日大法廷判決参照)

被告は、原告が右手当を失つた不利益の回復のためには、もつと直截に右手当の請求訴訟を提起すれば足りるというが、本件配転処分の取消をまたずして右請求はなし得ないところであろう。

本件では、本件配転処分の取消訴訟も、もとよりなし得るところであるが、右は裁決取消請求の全てについていえることであろう。それにもかかわらず、裁決における手続的違法を問い得るというのが裁決取消訴訟なのである。

第三  被告の主張

(本案前の主張)

一  原告は、昭和四三年九月四日羽曳野市会議員に立候補するため羽曳野市を依願退職し、同日限りで同市職員(事務吏員)の身分を失い、現在同市会議員の職にある。

二  本訴請求の趣旨は、「被告が原告に対してなした昭和四二年審査第一号事件の審査請求を却下するとの判定を取り消す」旨の判決を求めるものであり、右審査請求の趣旨は、「羽曳野市長金井一成が原告を税務課から市民課へ配置転換するとの処分を取り消す」旨の判定を求めるものであるところ、原告は前記のとおり羽曳野市職員の身分を失つているから、もはや右身分の存在を前提とする本件配転処分の取消を求める行政訴訟の訴の利益を欠き、したがつて訴願前置主義の建前から設けられた公平委員会に対して本件配転処分の取消を求める審査請求の請求の利益を欠き、ひいては本訴の訴の利益を欠くにいたつたものというべきである。

三  原告が税務課に勤務中支給されていた本俸の二割に相当する特殊勤務手当を本件配転処分により失つたことは原告主張のとおりであるが、本件配転処分後、前記退職時までの間の右手当を請求するために、なお本訴の訴の利益がある旨の原告の主張は失当である。

右手当は元来、「著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務その他の著しく特殊な勤務で給与上特別の考慮を必要とし、かつ、その特殊性を給料で考慮することが適当でない」と認められる職場に従事する職員に支給されるものであつて、職務の不利益に対する慰藉ないし報償の意味で支給されるものであり、単に算定方法が本俸の二割と定められているに過ぎず、給料の一部の性格を有するものではない。

原告は右に述べた職務の特殊性を有する市税の賦課徴収事務に従事する税務課の職員から、かかる職務の特殊性を有しない一般事務に従事する市民課の職員に配置換えになつて右の不利益がなくなつたのであるから、右手当を支給されなくなつたのは当然のことである。

右手当をもつて、原告の指摘する最高裁判決にいう職員や公務員の俸給請求権と同一に論ずることはできない。

また、右手当の請求は羽曳野市に対し、請求訴訟を提起すれば十分であり、救済を求めるために、より直截的な訴訟手段があるから本訴の訴の利益はない。

(本案の主張)

一  請求原因に対する答弁

第一項の事実は認める。第二項のうち、原告が被告に対して昭和四二年七月三日本件配転処分の取消を求める審査請求をし、被告が同年一〇月一六日付でその主張の理由で右審査請求を却下する判定をし、右判定書がその主張の日に原告に送達されたことは認めるが、その他の事実は争う。第三項の事実は争う。第四項のうち、原告が特殊勤務手当の支給を受けられなくなつたことは認めるが、その他の事実はすべて否認する。前記、「本案前の主張」で述べたように特殊勤務手当は、元来職務の不利益に対する慰藉ないし報償の意味で支給されるものであるから本件配転処分により職務の不利益性のない市民課に配置換えになつた原告が右手当の支給を受けられなくなつたことは当然のことであつて、原告は何ら不利益を受けていない。

二  被告の主張

1 原告の提出した審査請求書には「処分内容」として「税務課より市民課へ配転処分を受ける」と記載され、「不服の事由」として「現職の羽曳野市職員労働組合書記長に対する本件処分は組合弾圧を目的としたものであり明らかに不当であり不服である」とのみ記載されていたに過ぎなかつた。

2 ところで、「不利益処分についての不服申立に関する規則」(昭和三九年一二月二六日羽曳野市公平委員会規則第四号)第四条は、処分についての地公法第四九条の二第一項の規定による不服申立ては審査請求書を公平委員会に提出してすること、右書面には処分を受けた者の氏名住所等のほか処分に対する不服の理由を記載すべきことを規定し、第五条は、不服申立書が提出されたときは公平委員会はその記載事項および添付書類ならびに処分の内容、不服申立人の資格および不服申立ての期限等について調査し、不服申立てを受理すべきか否かを決定すべきこと、また調査の結果、不服申立書に不備の点があると認められるときは公平委員会は相当の期間を定めて不服申立人に補正を命ずることができること、不服申立人が補正命令に従わなかつた場合には公平委員会は不服申立てを却下することができると規定している。

3 そこで、被告は同月一一日書面で原告に対し前記審査請求書の「不服の事由」の記載が十分でないから同月二一日までに補正して提出するように命じた。

原告は同月二一日「不服の事由の説明要請に対して」と題する書面を提出したが、右書面には左記のとおりの記載しかなく、被告の命じた補正に副うものではなかつた。

「昭和三九年一〇月以降、羽曳野市長に就任された金井一成市長は、いつかんして労働組合破かいの攻撃を行つてきました。こうした組合破かいの攻撃のいつかんとして今回の人事異動が行なわれたことは誰もが一致して認めているところです。

私はこのことに対して審査請求をしたのですが、公平委員会事務局より具体的に書けとの事でありますが、金井市長就任以降の数々の組合破かい攻撃のひとつひとつをあげなければなりません。

一片の紙面では不可能と思いますし、又その内容等については公開口頭審理の中で明らかにすべき事がらと考えます。

以上の理由でもつて追加説明といたします。」

そこで、被告は同年九月一八日羽曳野市公平委員会事務局に原告の出頭を求め前記補正命令の趣旨を説明し、再度前記処分に対する不服の理由を具体的事実を挙げて詳細に記載すべきことを勧告し、なお、口頭でもよいから本件配転処分が不利益処分に該当する理由を説明するよう求め、拒否した場合には本件審査請求が却下されることもある旨告知し、何回となく前記勧告を繰り起えしたが、原告は右勧告を全面的に拒否し、補正命令に応ずる意思はないと明言した。

したがつて、被告は前記審査請求書および「不服の事由の説明要請に対して」と題する書面の各記載のみから本件不服申立てを受理すべきか否かを決定せざるを得なかつた。

ところで、不利益処分に関する不服申立ては地公法第四九条の二第二項の規定により同法第四九条第一項に規定する処分に限られているところ、単に処分を受けた者が主観的に自己に不利益であると判断したのみでは足らず、その性質上客観的に不利益であると判断されることが必要である。

一般的にいつて、地方公共団体とその職員との特別権力関係内部における配置換えは任命権者の自由裁量に基づく判断に委ねられているというべきで、特別の事情すなわち任命権の濫用ないしは地公法第一三条、第三六条第四項、第五六条に違反した処分であると客観的に認められる場合を除いて同法第四九条第一項の不利益処分とはいいがたい。殊に特別の事情の具体的主張の記載がなく、単に同一庁舎内の税務課から市民課へ配置換えとなつたという本件審査請求書の記載のみでは不利益処分と肯認せしめるに足りず、同法にいう不利益処分としての審査の対象にはならないから、原告から右特別事情の主張が補正命令によつてもなされなかつた本件審査請求が羽曳野市公平委員会規則第五条第一項により却下されたのは極めて正当であり、本件裁決には取り消さるべき理由はない。

第四  証拠<略>

理由

一原告が昭和三五年四月二五日羽曳野市の正式職員に任用され、昭和四二年六月初旬当時税務課に勤務し、羽曳野市職員労働組合の書記長の地位にあつたこと、同年六月一六日羽曳野市長金井一成は原告に対し原告を同市税務課から同市市民課へ配置換えする本件配転処分を命じたこと、原告が同年七月三日被告に対し本件配転処分取消の審査請求をしたところ、被告は同年一〇月一六日付で原告主張の理由をもつて本件審査請求を却下する判定(本件裁決)をなし、右判定書が同月二五日原告に送達されたことは当事者間に争いがない。

二まず、本訴を不適法とする被告の本案前の主張につき判断する。

1  原告が本訴係属中の昭和四三年九月四日羽曳野市を依願退職したことは当事者間に争いがない。

原告の本訴請求は被告が原告の求めた本件配転処分取消の審査請求を却下した裁決の取消を求めるものであるから、原告が前記のように既に羽曳野市職員の身分を失つた現在、もはや同市税務課勤務職員の地位を回復することの利益を失うにいたつたことはいうまでもなく、したがつて本件裁決の効果がなくなつたことは明らかである。

2  しかしながら、裁決の効果がなくなつた後においても、なお裁決の取り消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者は、その裁決取消を求めることができることは行政事件訴訟法第九条かつこ書の明定するところである。

原告は本件裁決が取り消された場合には本件配転処分時に遡つて同市税務課勤務職員に支給されていた本俸の二割に相当する特殊勤務手当請求権が回復されることになるから、原告は前記裁決取消の利益を有すると主張するので検討する。

原告が羽曳野市税務課に勤務中その主張のような特殊勤務手当の支給を受けていたところ、本件配転処分の結果、右手当の支給を受けられなくなつたことは当事者間に争いがない。

そこで前記手当の性格についてみるに、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

原告が本件配転処分を受けた当時、羽曳野市で施行されていた職員の特殊勤務手当に関する条例(昭和三一年一二月二四日羽曳野市条例第一一号、乙第一〇号証、以下条例という)は八種の特殊勤務手当を定め、その一として、市税事務従事職員の特殊勤務手当を設け、右手当は本庁税務主管課および支所に所属する職員で市税の賦課、徴収に関する事務に従事したものに、勤務一ケ月につき当該職員の本俸の一〇〇分の二〇に相当する金額の範囲内で市長が定める額の手当を支給する旨定めていた。右特殊勤務手当は著しく危険、不快、不健康または困難な勤務その他の著しく特殊な勤務で給与上特別の考慮を必要とし、かつ、その特殊性を給料で考慮することが適当でないと認められるものに従事する職員に対して支給する趣旨で設けられたものであるが、前記市税事務従事職員についての特殊勤務手当は、国家公務員のうち国税庁に勤務し、租税の賦課および徴収に関する事務等に従事する職員の俸給については、右事務の特殊性から税務職俸給表の定めにより格別の考慮が払われているのに対し、同種事務に従事する地方公務員の給与については、その定員や人事管理上の観点から一般職給料表の定めによることとされているため、右国家公務員の俸給との権衡をはかるためと、その事務の特殊性を考慮して市税に関する事務を主管とする課所に勤務する職員が市税に関する事務に従事したときに支給する趣旨で設けられたものである。

ところで、右条例による前記手当の支給は右のような手当設定の本旨にかんがみ、税務課勤務の職員であれば、その職の内容が分掌上前記条例に規定する市税の賦課、徴収に従事すると否とを問わず右手当が全員に支給され、ただ、その支給割合が徴収、賦課の事務に従事する職員が右以外の庶務的ないし一般的な事務に従事する職員より若干上廻つていたに過ぎず、原告は前記税務課で本件配転処分を受けた当時は税政係に所属して課税額の計算業務に従事し、右条例所定の支給率に相当する特殊勤務手当の支給を受けていた。

以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、原告が支給を受けていた前記手当は税務課所属の職員の職務に伴う報酬の性格を有し、これが右職員の給与に該当することは明らかであつて、右手当が税務課勤務職員の従事する職務の利益性ないし特殊性に対する報償ないし慰藉の性格を有することを根拠として、給与に該らないとする被告の主張は採用できない。

ところで、本件裁決が取り消された場合においては、右取消判決により同裁決がなかつた状態に復帰し、裁決庁たる被告は、あらためて原告の本件配転処分の取消を求める本件審査請求につき応答すべきこととなり、その結果、本件配転処分取消の判定(裁決)がなされたときは、原告は本件配転処分の時に遡つて前記羽曳野市職員の身分を失うにいたつたまでの期間中における右特殊勤務手当受給権を回復できる筋合であるから、原告が同市職員たる身分を回復するに由なくなつた現在においても、なお前記本件裁決取消訴訟を追行する法律上の利益を有するものと認めるのが相当である。

被告は、前記手当の回復のためには羽曳野市に対し右手当請求訴訟を提起すれば十分であり、原告には右救済を求めるにつき、より直截的な救済手段があるから、本訴の訴の利益はない旨主張する。しかしながら、右手当請求のためには本件配転処分の法律上当然の無効を前提とすべきところ、一般的に、行政処分たる本件配転処分については、それが権限ある機関により、または争訟手続により取り消されない限り、かりに違法であつても有効とされ、その違法を理由に効力を直ちに否定できないものであるから、原告において被告主張のような救済手段により、その目的を達成することは必ずしも容易ではなく、また、公平委員会においては本件配転処分が不当な処分であると認める場合にも救済され得るものである以上、原告に前記手当回復のためにより適切な直截的な救済手段があるとたやすくいい得ない。

被告の本案前の主張は採用できない。

三そこで、進んで被告のなした本件裁決の違法事由の存否について判断する。

1  本件裁決の理由が原告の主張(請求原因二)のとおりであることは当事者間に争いがない。

2  原告主張の違法事由1、2について

右の点につき、被告は次のとおり主張する。

すなわち、「一般に地方公共団体と、その職員との特別権力関係内部における配置換えは任命権者の自由裁量であつて、任命権の濫用ないしは、地公法第一三条、第三六条第四項、第五六条に違反した処分であると客観的に認められる特別の事情がない限り同法第四九条第一項の不利益処分にあたらないというべきところ、本件配転処分は単に同一庁舎内の税務課から市民課へ配置換えしたに過ぎないものであり、右特別の事情がない限り不利益処分として審査の対象となり得ないものであつた。

しかるに、原告の本件審査請求書の「不服の理由」には右特別の事情の記載がなく、その後も原告は右特別の事情を明らかにすべき旨の被告の補正命令にもかかわらずこれを明らかにしなかつたので、羽曳野市公平委員会規則第四号第五条第一項により却下したのである。」

3  前記規則第五条第一項は「不服申立書が提出された時は、公平委員会は、その記載事項および添付書類ならびに処分の内容、不服申立人の資格および不服申立ての期限等について調査し、不服申立てを受理すべきかどうかを決定しなければならない。」旨規定(右規則の内容は当事者間に争いがない)し、公平委員会が不服申立ての受理または却下のため処分内容につき調査する権限を有することを明らかにしている。

ところで、不服申立てにかかる処分が不利益処分に該当するかどうかは、右不服申立書の記載上明白である場合は格別、必ず審査手続を経たうえで、判定することを要し、右調査の範囲は、不服申立てにかかる処分の内容が不利益処分に関係ある事実であるかどうかの限度における形式的審理に限定されるべきものと解するのが相当である。このことは前記規定上、公平委員会が調査すべき事項としては、処分の内容以外のものとして添付書類の有無、請求人の申立資格の有無、審査請求が期限内になされたものか否か等のすべて形式的事項が掲げられていることに徴しても明らかであり、また、前記趣旨の形式的審査の範囲をこえて処分内容を調査し、不服申立てを受理せずこれを却下できるものとすれば、本来本案の審理の結果確定すべき問題を本案の審理の手続を経ないで確定することに帰し、また、審査請求人が公開口頭審理の請求をしている場合(<証拠>によれば、本件において請求人原告が公開口頭審理を請求したことは明らかである)には地公法第五〇条第一項の規定を空文化するものとなろう。

4  いま、本件についてみるに、<証拠>を総合すると、次のような事実が認められる。

原告が提出した本件審査請求書によれば、処分の内容として本件配転処分を、「不服の理由」として「現職の羽曳野市職員労働組合書記長に対する本件処分は組合弾圧を目的としたものであり、明らかに不当である。」と記載されていたこと、その後原告は右「不服の理由」を具体的に明らかにすべき旨の被告の要請に基づき、昭和四二年七月二一日「不服の事由の説明要請に対して」と題する書面を提出し、右書面の記載は被告の主張(本案の主張二の3)のとおりのものであつたこと(以上の点は当事者間に争いがない)、被告は右書面の記載では原告の不服の理由が具体的に明らかでないとして、さらに同年九月一八日原告や原告所属組合の副委員長、右組合の上部団体員らを被告事務局に招致して、口頭でもよいから不服の理由を具体的に明らかにするよう説得した結果、原告らは原告が本件配転処分により市民課勤務となつて、仕事が多忙であるため団体交渉にも満足に出席できず充分な組合活動ができなくなつたことなどを挙げ、原告が組合活動上の不利益を受けている旨説明するとともに、本件配転処分が不当労働行為と評価すべき諸般の事情については、公開口頭審理の席で明らかにしたい旨述べた。

以上の事実が認められ、右認定に反する前掲証人梁田、同杉谷の各証言ならびに原告本人尋問の結果の各一部は採用できない。

右認定の事実によれば、原告は本件不服申立てにおいて被告に対し、本件配転処分は任命権者の羽曳野市長が同市職員労働組合書記長の地位にある原告の組合活動を封殺し、右組合の活動を弾圧する目的で原告を多忙な職場の市民課勤務に配置換えしたものである旨明らかにしていたのであり、一般的に職員の配置換えは任命権者の裁量にゆだねられているからといつて、直ちにいわゆる不利益処分となり得ないということはできないし、原告は本件配転処分は地公法第五六条第一項に違反する不当労働行為であるとして不服申立てに及んだことは明らかであつて、本件不服申立ては不服申立て自体から直ちに不利益処分でないことが明らかである場合に該らないことはいうまでもないから、被告公平委員会としては、右処分が不利益処分に該るかどうかについては審査手続を経たうえでこれを判定すべきものであつて、本件不服申立てを被告主張のような理由をもつて受理せずこれを却下した本件裁決は違法であり、取消を免れないというべきである。

よつて、本件裁決の取消を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(斎藤平伍 土山幸三郎 三島昱夫)

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